同期モータの
dq 座標系における支配方程式は次のように記述される。
vdqJ=Ridq+dtdϕdq+ω2nJϕdq≡[01−10]
ただし,
R,
L は電機子抵抗およびインダクタンス,
v,
i,ω2n は電圧,電流および電気角速度を表し,下添字
dq は
dq 座標系のパラメータであることを示す。また,
ϕ は磁束を表し,電機子反作用磁束
ϕi および永久磁石回転子磁束
ϕm によって構成されるものとする。
ϕdqϕi,dqϕm,dq≡ϕi,dq+ϕm,dq=Ldqidq=[Φ0]
ただし,
Φ は永久磁石磁束を表す。
dq 軸の定義より,回転子磁束
ϕm,dq は
d 軸成分のみを持つ。
J は回転作用素であり,支配方程式の簡潔な表現のため導入される。ここで,永久磁石磁束
Φ は時不変であるとすると,次の支配方程式を得る。
vdq=Ridq+dtdϕi,dq+ω2nJϕi,dq+ω2nJϕm,dq
dq 座標系と原点を共有する一般回転座標系として
γδ 座標系を導入する。ここで,固定座標系から見た
γ 軸の位相を
θ2γ,瞬時回転速度を
ωγとし,電気角
θ2n を
γ 軸から見た位相差を
θγ とする。このとき,
γδ 座標系の支配方程式は次のように記述される。
vγδ=Riγδ+dtdϕγδ+ωγJϕγδ
ここで,下添字
γδ は
γδ 座標系のパラメータであることを示す。この座標系における磁束は次のように記述される。
ϕγδϕi,γδϕm,γδ≡ϕi,γδ+ϕm,γδ=Lγδ(θγ)iγδ=Φ[cos(θγ)sin(θγ)]
ただし,電機子反作用磁束の生成モデルに表れる変数は次のように定義される。
Lγδ(θγ)[LiLm]Q(θγ)≡LiI+LmQ(θγ)≡21[111−1][LdLq]≡[cos(2θγ)sin(2θγ)sin(2θγ)−cos(2θγ)]
上式を整理し,次の支配方程式を得る。
vγδ=Riγδ+dtdϕi,γδ+ωγJϕi,γδ+dtdϕm,γδ+ωγJϕm,γδ=Riγδ+dtdϕi,γδ+ωγJϕi,γδ+ω2nJϕm,γδ
以上より,磁束を状態量とする次の状態空間表現を得る。
dtd[ϕm,γδϕi,γδ]=[(ω2n−ωγ)Jω2nJ0−RLγδ−1−ωγJ][ϕm,γδϕi,γδ]+[0I]vγδ
一般化回転座標における電機子反作用磁束
ϕi,γδ は 電流
iγδ,電圧
vγδ およびモータパラメータより計算可能である。したがって,電機子反作用磁束
ϕi,γδ は利用可能な出力であるため,回転子磁束
ϕm,γδ のみを推定する
最小次元オブザーバを構成する。一般化回転座標上の状態空間モデルより,推定式は次のように記述される。
ϕ^m,γδ=(sI−ω2nJ+ωγJ+ω2nKJ)−1(Kvγδ−[K(sI+ωγJ)+KRLγδ−1(θγ)]ϕi,γδ)=(sI−ω2nJ+ωγJ+ω2nKJ)−1K(vγδ−Riγδ−(sI+ωγJ)ϕi,γδ)
ただし,
K はオブザーバゲインを表し,ここでは次のように設計するものとする。
K=I−sgn(ω2n)J
このとき,推定式は次のように記述される。
ϕ^m,γδ=(sI+ωγJ+∣ω2n∣I)−1K(vγδ−Riγδ−(sI+ωγJ)ϕi,γδ)
ここで,磁極位置センサレスシステムでは
ω2n を測定することができないため,次項の位相同期ループ (Phase Lock Loop: PLL) によって得られる推定値
ω^2n を使用する。一方で,
ωγ は設計者が定義する座標系の主軸回転速度であるため,取得することができる。以上を基に,実装における推定式を次のように設計する。
ϕ^m,γδ=(sI+ωγJ+∣ω^2n∣I)−1K(vγδ−Riγδ−(sI+ωγJ)ϕi,γδ)
γδ 座標系で観測される回転子磁束
ϕm,γδ は偏角
θγ に関する情報を含む。そのため,この回転子磁束の推定値
ϕ^m,γδ から偏角の推定値
θ^γ を得ることができる。
θ^γ=tan−1(ϕ^mδ/ϕ^mγ),
換言すれば,位相
θ2γ を与えた一般回転座標系にて推定される磁束から偏角推定値
θ^γ を得ることができる。したがって,
θγ に関して誤差システムを設計することができる。以下では電気角
θ2n を得ることを目的とし,
θγ を
0 に収束させることを考える。電気角および電気角速度を推定する位相同期ループの一設計例を以下に示す。
ω^2nθ^2n=sωθs+0.25ωθ2θ^γ=s1ω^2n,
ただし,
ωθ は位相同期ループのゲインを表す。位相同期ループから得られた電気角推定値
θ^2n を
θ2γ として一般回転座標系を更新し,回転子磁束を推定することで更新された偏角
θ^γ を得る。ここで,磁束オブザーバが十分な推定帯域を持ち
θγ=θ^γ が成立すると仮定すると,以下の誤差システムを得る。
θγθ^2n⇔θγ=θ2n−θ^2n=s−2(ωθs+0.25ωθ2)θγ=s2+ωθs+0.25ωθ2s2θ2n=s2+ωθs+0.25ωθ2sω2n
したがって,この位相同期ループは一定速度で回転するモータに対して電気角を誤差なく推定することができる。
位相同期ループの構築には磁束オブザーバを介した
θγ の推定が必要であり,言い換えれば位相同期ループには磁束オブザーバの特性が含まれる。そこで,磁束オブザーバによる推定特性を確認する。便宜上,以下ではモデル化誤差が存在しないものとする。
回転子磁束
ϕm,γδ の推定式を次のように分割して記述する。
ϕ^m,γδF(ωγ,ω^2n)e=F(ωγ,ω^2n)e≡(sI+ωγJ+∣ω^2n∣I)−1(I−sgn(ω^2n)J)≡vγδ−Riγδ−(sI+ωγJ)ϕi,γδ
モデル化誤差が存在しない場合に,
γδ 座標系の支配方程式より
e は以下の値を取る。
e=ω2nJϕm,γδ
簡潔のため,
ω2n>0 について考える。このとき,
F は次のように表現される。
F(ωγ,ω^2n)ψ(s)=((s+ω^2n)I+ωγJ)−1(I−J)=ψ(s)−1((s+ω^2n)I+ωγJ)T(I−J)=ψ(s)−1((s+ω^2n)I−ωγJ)(I−J)=ψ(s)−1((s+ω^2n−ωγ)I−(s+ω^2n+ωγ)J)≡det((s+ω^2n)I+ωγJ)=s2+2ω^2ns+ω^2n2+ωγ2
したがって,回転子磁束
ϕm,γδ の推定式は以下のように記述される。
ϕ^m,γδ=ψ(s)−1((s+ω^2n−ωγ)I−(s+ω^2n+ωγ)J)ω2nJϕm,γδ=ψ(s)−1ω2n(sJϕm,γδ+(ω^2n−ωγ)Jϕm,γδ+(s+ω^2n+ωγ)ϕm,γδ)=ψ(s)−1ω2n(J(ω2n−ωγ)Jϕm,γδ+(ω^2n−ωγ)Jϕm,γδ+(s+ω^2n+ωγ)ϕm,γδ)=ψ(s)−1ω2n((s+2ωγ+ω^2n−ω2n)I+(ω^2n−ωγ)J)ϕm,γδ
位相同期ループと組み合わせて
θγ→0 とする場合には,
ωγ=ω^2n としてオブザーバを設計するため,推定式は次のようになる。
ϕ^m,γδ=s2+2ω^2ns+2ω^2n2ω2n(s+2ω^2n+(ω^2n−ω2n))ϕm,γδ=s2+2ω^2ns+2ω^2n2ω2ns+2ω^2nω2nϕm,γδ+s2+2ω^2ns+2ω^2n2ω2n(ω^2n−ω2n)ϕm,γδ
上記の推定式は,一般回転座標系にて観測される回転子磁束に対して低域通過フィルタを設けた構造と見ることができる。一般回転座標系では位相角
θ2γ および位相速度
ωγ の作用により,回転子磁束の高周波成分が抑制される。そのため,低域通過フィルタを用いて回転子磁束を推定することができる。この
θ2γ および
ωγ の作用は,適応則の一種と見ることができる。このオブザーバの適応機構は,固定座標系で磁束オブザーバを構築することでも確認することができる。固定座標系の条件
ωγ=0 を与えてオブザーバを構築した場合,次の推定式を得る。
ϕ^m,γδ=s2+2ω^2ns+ω^2n2ω2n((s+(ω^2n−ω2n))I+ω^2nJ)ϕm,γδ=s2+2ω^2ns+ω^2n2ω2n((s+ω2nJ)ϕm,γδ+(ω^2n−ω2n)(I+J)ϕm,γδ)=s2+2ω^2ns+ω^2n2ω2n(2sϕm,γδ+(ω^2n−ω2n)(I+J)ϕm,γδ)=s2+2ω^2ns+ω^2n22ω2nsϕm,γδ+s2+2ω^2ns+ω^2n2ω2n(ω^2n−ω2n)(I+J)ϕm,γδ
固定座標系から見た回転子磁束は電気角の位相に連動して振動するが,これを推定するための適応バンドパスフィルタの構造が見受けられる。